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翻訳と演出の楽しみ

   

1. ぶたれる使者にも五分の魂
〜『アントニーとクレオパトラ』ひねり演出〜


本当はそこまで「ひねり」と言うほどではなく、実はこういう演出が多いのかも知れませんが、自分では見たことがなかったのでとりあげます。

これはアレクサスとチャーミアンがカップルであるという設定になっています。アレクサスは原作では王宮内にいるけど軍事に携わっているらしく、最後はアントニーからシーザーに寝返って、その上、シーザーに縛り首にされるという地味に悲しい役です。
さて今回のアレクサスは、冴えないヘアスタイルの、どう見ても切れ者でない使い走り。けれど女王の侍女であるチャーミアンときっちり仲がよく、手紙を持たされてはローマに走り、さらにアテネに走り、エジプトに走るので
「もう、ふくらはぎが、パンパンで」
と、訴えてる。それがまた、意地悪をさそうようなキャラになってて、奥へ行った女王は、30秒もかからず「手紙が書けたわ」
(会場内ワライ)

原作では何人もいる別々の使者を、一人のダメっ子アレクサスに仕立てたおかげで、彼がちょっとだけ欲をだしたばかりに、アントニーの怒りを買って無惨にムチで打たれて死んでしまう話がひとつできあがってました。チャーミアンは恋人を殺したアントニーに女王自殺のデマを伝え、これは完全に、意図的にアントニーを自殺へ追い込むための演技です。
これでたしかにこの脇筋は面白くはなったけれども、侍女の復讐でまんまと命を落とすアントニーが、原作より一層救い難い人になっちゃうし、才女であるはずのクレオパトラが、傍仕えに振り回されて、まるでジュリエットのように自殺まで突っ走る。
原作ではアントニーとクレオパトラは互いに自己本位なところを見せて相手を裏切るし、その言動は地中海世界に大変な影響を与えるという、かなりスケールの大きな話です。ただ、それを見せるには戦争と政治の話がおおいに上演時間を長引かせ、今回の演出にあるようなメロドラマよりも共感を呼ばないということは、ありうるかもしれません。

*last modified 2010.Dec.

 

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